2005
【VOL.108(8月号)雑感】
 立秋を過ぎてもなかなか涼しくならなかった。残暑が厳しい今年のクールビズの夏。セミも慌てた様に競い鳴き、短い命の終焉を迎えていた。
高校野球が終わると、その夏の終わりを感じる。今年も球児達の一球一打に、全国を感動が走りぬけた。感動とは、ひたむきさ、一途さ、純粋さである。その思いが高ければ高いほど、深い感動を覚え、感銘を受けるのである。勝者の涙、敗者の涙ともに、美しい涙である。努力の後の涙は、真珠の輝きがある。スタンドの応援団も故郷も選手も、一丸となって白球に、互いの思いを入れるのである。甲子園に出場できるのは、わずかなチームである。その甲子園代表を目指して、何千ものチームや選手が、又父兄やファンが、努力を重ねているし、幾重にも真珠の輝きにも勝る汗と涙を流してきたのである。大人の世界にない純粋なひたむきさこそ、感動である。どのチームも紙一重のプレーに集中し熱中した。
その結果、北海道代表の苫小牧高校が二年連続優勝の栄冠を勝ち得たのである。めでたし、めでたしと、北海道の地形が崩れるほどの感激、感動、感謝のオンパレードであった。ここで終われば、普通のドラマなのだが、今年の甲子園ドラマは、神のいたずらか、ドラマのストーリーを間違えてしまった。天国から地獄である。九回が終了したのに、何のことはない、「点」を取ってしまった。この点こそ「汚点」であり、「点で、話にならない」ドラマの終焉であった。指導者が、ボールをノックしないで、選手の頭をノックしてしまったのである。よほど頭にきたと見えるが、深紅の優勝旗に「汚点」を残した感のある第87回甲子園大会であった。結果的に「優勝旗剥奪」とはならなかった「大岡裁き」は良かったが、出場辞退に至った学校もあっただけに、その取り扱いに高野連の温度差を感じた向きもあったであろう。「もし、三回戦で事件が発覚していたらどうなったか・・・・・?」「罪を憎んで、人を憎まず」と言う言葉を、改めて思い出す、真夏の珍事であった。別の見方をすれば、高校野球が肥大化し、ビジネス化した印象でもあり、学校のブランドを高めるために利用されているということの警鐘ではないか。教育の一環であるべき高校野球が、一部の将来のプロ養成所であってはならない。教育の場は、物事の善悪を教える所であり、感動や感激を味わう場でもある。喜怒哀楽を体験させたい。断っておくが、苫小牧高校の二年連続優勝にケチを付けるつもりは毛頭ない。
話題を変えよう。戦後六十年。毎年八月は、広島、長崎の原爆による悲しい出来事に、涙する。昨年、広島に旅をし、原爆ドームをはじめ当時の悲惨さの残る資料や施設を目の当たりにした。写真や映像でしかその悲惨さを感じなかった者にとって、資料館での光景は、言葉にならないショックであった。外国のお嬢さんが、目に涙をためて資料に見入っていたが、国は違っても、感じるものは同じなのだろう。
被爆者の方が『自分がどうしてここまで生きてこられたのか考えると、死んだ人に申し訳ない。そう言う人達のために、一日一日を大切に生きたい』と話していた。
今も続くイラクの戦争惨事を見聞きするにつけても、戦いとは、人類から取り除くことのできない、悪しき性(さが)であろうか。若い人達には、今の日本の平和は、先の大戦において、戦陣に散り、戦火に倒れた人々の、尊い命の犠牲の上に成り立っていることを、忘れて欲しくない。終戦記念日は、歴史を考える日でもある。靖国問題など、避けては通れない歴史の一ページであることを、しっかり認識しておいてほしい。台風も、怒り狂った。地震も、宮城、新潟などで、震度五を数えるに至った。関東地方でも、久々に大きく揺れた地震を、体感した。いつ本番が来てもいいように、日頃から災害発生に対する心構えを、家庭、地域、職場で話し合い、訓練しておきたいものである。天変地異。自然の脅威に人間は、なす術もないが、じっと手をこまねいていては埒(らち)が明かない。知恵を出してこそ、人間である。『人間、万歳!』甲子園の熱気が覚めやらぬうちに「熱中解散」があり、『小泉劇場第二幕』、衆議院解散総選挙の幕が、切って落とされた。「刺客を放つ」「美人局(つつもたせ)」「造反者」という言葉が、紙面を踊った。紙面楚歌、いや、四面楚歌の元議員さんも、売られた喧嘩は買わねばならぬとばかりに、蝉時雨の中を声を張り上げた。郵政民営化に端を発した「仁義なき戦い」は、二大政党に収斂(しゅうれん)されるのか、国民の関心は高そうである。争点がボケないように、将来を見据えた論争を、しっかりやってもらいたい。『勝てば官軍』『数の論理』の思いを捨て、一人一人の「一票の期待」「一票の思い」を、政党の目ではなく、国民の目で、政策論争をし、その実現に努力してもらいたい。それにしても「刺客」とは、穏やかならぬ表現であり、それが「女性刺客」ならば、さしずめ『くの一忍法・刺客編』というところだろうか。読者から「マニフェスト」がファックスされて来た。曰く『神田の住人として日本の現状を憂い、新党を立ち上げることにした。党名は「確かな日本党(多子化な日本党)である。マニフェストは以下。
一、ラブホテルの国営化(村の郵便局の跡地利用)
二、新国民栄誉賞の創設
・魂賞(3人の子供を作った夫婦へ)
・カラス賞(7人の子供を作った夫婦へ)
・瞳賞(12人の子供を作った夫婦へ)
三、二大性党の今こそ性権交代だ
わが党こそ日本の未来を保障する政党だ。諸君、多子化な日本党と共に、明るい未来に向けて元気を出しましょう』少子化を心配してか、他にも多数のマニフェストが書いてあったが、紙面の都合で紹介できない。(党首の名前は無し)さて、秋刀魚が美味しい季節。鈴虫が、蝉の鳴き声を受け継ぎ、しかしトーンを落として鳴いている。季節は、もう秋である。
( 05・9・7 安達 )