2005
【VOL.105(3・4月合併号)雑感】
球春到来。この季節は、どうしてもここから入らないと後が続かない。楽天といえば「天ぷら屋か」と言う人もいるくらいで、良く逆転され、多分戦力的には厳しいものがあると思っていたが、いざそうなってみると、かわいそうな気がする。勝負の厳しさである。ITだけでは勝てない。まあ、楽天的に考えようか。巨人も勝てない。イライラしてつい酒量も多くなる。飲む酒も「越の完敗」である。帰りは千鳥足。後ろから見れば、千鳥足もマツケンサンバである。オレオレは、マツケンサンバが良い。「オレだオレだ」と家に電話しても、親父とわかっていながら切られる。「出んわ!」「電話急げと言うことをしらないのか!」(善は急げ

であった)清原、古田両選手の、記録への執念。真摯な態度に、ファンは興奮し拍手喝さいした。あれだけの大スターでも、記録達成までには悩み苦しんだ。継続は力であり、練習はウソをつかなかった。決まって思い出す言葉に【練習とは、一つのことを繰り返し繰り返し行うことによって、それを心身に慣れさせ、今まで不可能であったことを、可能にすることである】と言うのがあるが、非凡な能力を持った人が、さらに練習を積み重ねれば、正に「鬼に金棒」「鬼にバット」である。両選手に拍手を送りたい。楽天も、勝つためには練習しかない。今こそ一丸となって心身を鍛えてほしいし、技を磨いてもらいたい。負け犬根性は捨てよう。下ばかり見るな。楽天、頑張れ!

【いろいろなこと思い出す桜かな】

さて、久しくペンを取ることを忘れていた。健忘症ならぬ健筆症である。「つれづれなるままに・・・・」で始まるのは、徒然草であるが「ペンを忘れて草がはえた」のは、ペンペン草であった。世は正に新緑の春、真っ盛りである。緑が目に痛い。ついこの間まで、紅梅、白梅、雪中梅、寒梅と、梅の花に古来の風流な歌を思い浮べていた。

「東風吹かば においおこせよ梅の花

あるじ無しとて、春な忘れそ」

誰の歌だったか。

「湯島通れば思い出す」とは「湯島の白梅」であった。そうしているうちに、寒梅からバトンタッチした桜が、祭り気分を盛り上げ、早く咲いたりしぼんだり、落ち着いて花見をする間もなく、乱れ咲き、乱れ散って行った。自然界のいたずらに、桜も急に芽(目)を覚ました感があり、まるで芸者さんが赤い腰巻を、ひらひらチラチラ見せるようにしてであった。【チラリズム】も、また楽しからずや。見えそうで見えないところに、もどかしさがあり情をそそるので、ストリップ劇場が繁盛するのだと言う。

【梅もいやだわ、桜もいやよ、

 モモとモモの 間(あい)が良い】

モモとは、股か桃か。股だとすれば、その間に何があるのか。未知数である。古歌や川柳には、裸の付き合いが多く、おもわず「ふっ」とするところがある。これをセクハラと考えるかどうかは、読者の感性に委ねるところである。古い歌は、何度でも思い出すものだ。

日本には四季折々の花があり、その順番が実にうまく続いている。桜の散るのを待っていたかのようにサツキやツツジの花が、そして藤の花までも、負けじとその紫を眼下に伸ばしている。絵の具の数だけ花の色があるようだ。自然とは、何と良きものか。万物の現象がそうであるように、地球が太陽の周りを回るがごとく「当たり前の自然」であってもらいたい。寒い日にスイカを食べるのも悪くはないが、スイカはやはり夏の炎天下で食するものである。(問題のJRでもスイカを売っていた。)

バラが言っていた「自然はバラバラだ」と。牡丹が言っていた「ボタンがはずれている」と。牡丹の花も日本と中国のボタンの掛け違いを嘆いていた。「きのうの敵は今日の友」が、「きのうの敵は今日も敵」になろうとは、困ったものである。アジアの隣国が、何やら日本にケチを付け始めている。気をつけようぞ!

【春眠暁を覚えず 

処処啼鳥を聴く 

夜来風雨の声、

花落つること知んぬ多少ぞ】

春の曙は、何とも言えぬ寝心地の良さがある。ついつい夢の中である。通勤電車でも、天に口開けて、スイスイ眠っている人がいる。なかには壊れた楽器のような轟音を立ててイビキをかいている者もいる。電車の中には、人それぞれの人生がある。同じところを何度となく読んでいる小説、開きそうで開かない女性のひざっ小僧、落ちそうで落ちない、手に持つ携帯電話。圧巻は、立ったまま、つり革にぶら下がって眠る女の子。特技だろうか、感心する。通勤電車の中は、人生の縮図のように映る。

そんな時に、あのJR西日本の脱線事故である。「時は、金なり」とはいえ、一分三十秒程の遅れを取り戻すために百人をこえる人命が失われてしまったのである。正に人災である。【せまい日本そんなに急いでどこへ行く】と、昔の標語にあったが、乗り物は、遅れるものであることを、日本の過密ダイヤの中で、認識しておくことも必要ではないか。人命は、リセットできない。それにしても107名の人生が、一瞬のうちに暗闇の中に消えてしまった。ご遺族は、悲しみを通り越して、悔しい思いをされていることだろう。先に「人災」と書いたが、今回のJR西日本の対応を見るにつけ、その感を強くした。「お客様優先」ではなく、「企業優先」の世界である。企業の、社会的責任は重い。亡くなった方々の、ご冥福を祈らずにはおられない。「のどもと過ぎれば、熱さを忘れる」たとえはあるが、決してこの事故を、そのように風化させてはならない。

さあ、紙面後がない。

新しいローマ法王が二日間で決まった。いわゆる「コンクラーベ」である。通常であれば、もっと長く「根比べ」をやるのだが、「コンクラーベ」は「根比べ」の常識からはずれたようである。神田祭りが近づいた。「セイヤセイヤ」の掛け声が、そこまで来ている。(5/2 安達)